まずは中央郵便局とサイゴン教会にやってきた。フランス統治時代、ベトナムは第2のパリと言われたらしい。当時のおもかげを僕らに見せてくれるこの二つの建造物のコンビネーションはあたかも僕らを当時にタイムスリップさせてくれたこのように思えた。とにかくココだけはヨーロッパって言ってもおかしくないくらいキレイだった。
次は戦争証跡博物館だった。ここは衝撃的ってか、ありえないってか、ありありで言っても無しだった。目を覆いたくなるような凄惨パネル、枯葉剤による被害者の写真、さらには・・・奇形児のホルマリン漬け。これらの展示は戦争の爪あとを生々しく伝えていた。戦争の愚かさ、人間の愚かさを改めて教えてくれたこの博物館で僕はとても悲しくなった。この時ボブは青白い顔をして「俺こーゆうのダメなんだよね」って言って外のベンチで固まっていた。
今世紀最大のショックを受けたまま僕らはバス、英語で書くとブスに乗ったのであった。
バスの中でもさっき受けたショックは抜けなかった。しかしこの後、魔痛打丸にさらなる悲劇がまっていた。
ベンタイン市場につくや、ツーンとでもいうかプーンとでもいうか摩訶不思議な匂いに包まれた。とにかく臭いのであった。魔痛打丸はお土産屋で飲んだ蛇の酒と戦争証後博物館のショックとめちゃくちゃ臭い匂いで失神していた。市場は中々楽しかった。失神した魔痛打丸もやっとのことで徐々に野生のパワーで生き返り、市場の人達に喧嘩を売っていた。ボブも22ドルのネックレスを欲しくも無いのに6ドルまで安くさせてしぶしぶ買っていた。その後ボブは海賊版DVDが売っている所で熱心に値段交渉していたかと思ったらいきなり「俺はこんなもんいらねーんだよ」(英語)で叫びだしていた。魔痛打丸と僕はおおいにワロタ。
こうして市内観光を終えた僕らはホテルへと戻ったのであった。
↑サイゴン教会